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2004.01.04

ブロガーの壁

2度目の引用になりますが、

#過度に多すぎると「ブロガーの壁」に突き当たりそうですが・・
詳細は [ ぴっくあっぷ: カウント「1」の意味するもの ]

から辿った元記事を読んで。

最近どうも「ブロガーの壁」に突き当たったみたいだ。自分のブログを読んでくれる人が増えるにつれ、より大勢の人に向けて書いているんだということを自覚するようになってきた。何か投稿する度に、いろんな視点からの、思慮深いコメントやメールが寄せられるんだから。
「素早く/頻繁な投稿」がブログの基本だという。それは確かに真実だと思うけど、自分が投稿したエントリーに関する議論の厳格さや、出会う人の中に占めるこのブログの読者の割合が増えていることを思うと、もっと面白くて「防御可能」なこと──自己弁護のために時間を費やさなくてもいいようなことを書くようにしないと、と構えてしまう。実際、何についてブログを書くかについては、ずいぶん保守的になってきていると思う。
詳細は [ Joi Ito's Web - JP: ブロガーの壁と多面性の崩壊、および魔法の数字150について ]

ちょっと引用が長いですが、元記事はもっと長いです(笑

んー、また、フォーラムの話か、と感じる人もいるかも知れないですが、フォーラムの最盛期には100万人のユーザがいたわけで、私がマネジャーになったのは、だいぶん、後(1997年)なんですが、それでも、ユーザに中にはたぶん犯罪者だっていてもおかしくないですよ、とニフティの担当者に云われたモノです。

で、実際、一ユーザであったときも、実際に書き込みをしているユーザ、多くの書き込みをしているアクティブユーザ、そして、スタッフ、SUBSYS、SYSOPといった見える人たちの背後に、比較にならないほど多数のROMと呼ばれる参加者がいることは容易に想像でき、また、意識していました。

つまり、フォーラムで何か書き込むことは、繁華街の街頭で大声で何か話すのと同じ、しかも、話したことと違い、消さない限りは、ずっと、そこに残って何人もの目にさらされることになるわけで、そのことがずいぶんと、初めての書き込みをためらわせたものでした。

しかし、実際に書き込みを初めてみると、これほど、エキサイティングな世界はなく、間違ったことをしてしまっても、きちんと指摘される、正しいことを教えて貰える、違った考え方を知ることが出来る、これほど、自分を成長させてくれる、ある意味、安心な世界はないな、という感じでした。

しかし、それでも、どこまで見せるか、どこから見せないか、この辺りは、かなり鍛えられた気がします。

今、blogをやっていても、根っこは同じです。

TBとかコメントとか、ツールは変わっても、新しい出会いや自分と違う考え方との出会いが楽しいのです。

だから、記事によって、誰に向けてのモノか、は意識しますが、それによって、常に自分を防御すると云うことは意識しません。まあ、肉体的な脅威とかは勘弁ですが、考え方やスタンスは守るべきモノではないからです。

「深み」というキーワードがありますが、対話とは違う、自分でも気づかない、意識や意味合いを人が見つけてくれることもあります。それはそれで、新しい「深み」を見つけてくれるという意味では、方向性は違うかも知れないけれど、blogに係わらず、対多のコミュニケーションの面白みではないでしょうか。

これからは自分の声の大きさを知れという言葉をかみ締めていきたい。
詳細は [ StarChartLog @cocolog: 自分の声の大きさを知れ ]

という記事を見て、なんとなく、違和感を感じ、ずっと引っかかってきたんですが、「不用意にして不遜な私の発言」って、σ(^^;)的にはとってもOKなんですね。

誤解もまたおもしろいと。瓢箪から駒ではないけれど、そこから、生まれるモノがあるかもしれないと。

とりあえず、ここは、誰に見られても「アイデンティティの決壊」はないです。
というか、たぶん、少しずつ、意識的に、私の一面しか知らない友人/知人に別の面を見せる場としても使うようになってきています。

でもまあ、確かに「母親に見つかったり」は、いや~んなblogというのもあるでしょう。
そういうのは、やはり、こっそりとね(笑

で、そういうところは、やはり、見つけた方も黙っているモノです。
「儀礼的無関心」というか、「長屋の心得」ですね(笑


ああ、いかん!それでは、チクリサイトとしてのアイデンティティが決壊してしまう(爆

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受信: 2004.01.11 21:18

コメント

紀藤正樹弁護士が「酔うぞの遠めがね」をリンクしてしまったので(^_^;)
ますます、記事的には落とし穴の無いものを書かねばならぬ、とは思いますがねぇ~。
フォーラム的に言えば所詮は程度の問題で、んなもんは「2ちゃんねるで練習してこ~い」で良いと思うぞ(^_^)

投稿: 酔うぞ | 2004.01.04 20:05

致命的になりかねない落とし穴を、それをうまく認めて、致命的にならないように修正できる技量というか度量というのが、たぶん、必要かと。

blogというのは、定点故に。

まあ、余所行って武者修行してくるというのはアリですね~。

ただ、2ちゃんねるってのは、向き不向きがあるとは思いますけれど。というか、場所選びをしないと徒労に終わりそう(笑

とりあえずは、blogというwebの入り口を開けたときから、その先には何万人もの目に触れるという「可能性」を意識して、始めないと、途中で一歩も動けなくなる、もしくは、全部消してなかったことにする(ならないんだけれど)という、個人サイト同様の道を辿ることになります。

簡単に始められ、簡単に積み重ねられ、そして、容易に繋がるれるからこそ、個人サイト以上に、blogは消えることの影響の大きさを意識しないといけない気もします。

投稿: Tiger | 2004.01.04 20:23

最近のフォーラムはね、し~~んとしててだれもいないの。
それで、一人で書き込みしても無視・・・されてるようで寂しい。
でも、ココログなら一人の楽しさっていうのかな。コメント
つかなくっても落ち込まないですむっていうのか?
削除したってだれも怒らない(゜゜)☆\ハ゛キ

投稿: ゆうな | 2004.01.04 23:16

何故か多重投稿ゆるされてくださいませ。
消せない(/_;)

投稿: ゆうな | 2004.01.04 23:18

ゆうな さん、

だぶりは消しておきました (^^)

フォーラムとココログはやはり違うモノだと思います。
個人サイトに近いですね。でも、個人サイトよりはつながりがある分、フォーラムに少し近い。

フォーラムに慣れた人だと、機能性が低いですが。

うまく組み合わせられないかなぁ、ということで、いろいろと試していますが、その成果をフォーラムに還元できる日はいつ来るかなぁ・・・

投稿: Tiger | 2004.01.04 23:35

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