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2004.03.22

罪深い MyClip?

ニフティ会員以外の人が、フォーラムの中の会員限定掲示板で言及されたと知ったときに、自分のことが話題になっているのに、自分が見られないという理不尽さ、不愉快さを云っていたのを思い出してしまいましたよ(笑

「どういう話題になっているのかを知りたければ見に来いというのか」と。

語弊があるのを承知で言うが、情報を無断で盗み自分のブログを充実させるための手段だと感じたのである。情報元には何も知らされない。一方的に情報を持って行くのである。これだけなら、ただ単にリンク張ったのと同じだろう、と冷静に分析すればイコールだろう。が、私はそれを越えた不愉快さを感じたのである。
詳細は [ 異空間==お花畑: MyClipの功罪 ]

それと比べれば MyClip は、Clipされたことを知ることが出来るし、まだ見られるだけマシと云うことも出来ます ヾ(^^;)

この不快感は「[MyClip] Cliped検索、きぼ~ん」の要望の元となった不満、不便利さ、と根っこは同じと云って良いのかなと思います。

でも、フォーラムで話題にするときに無視しているわけでもないし、敬意がないわけではないのですよね。
それは MyClip も同様でしょう。


最近、私はフェアユースという概念によく言及しますが、特に、リンク、というものは非常にフェアユースという性格が強いものだと云えるでしょう。リンクお断りとか、無断リンクお断りというものがナンセンスである、という意見が強く出てくるのも、そういう性格のものだからと感じます。

基本的に公開した情報というかテキストは、著作権という保護機構があるにしろ、アンコントローラブルなものだと思います。一度、公共の社会に出した以上は、あなたのものでもあるけれど、それは社会全体の役に立つべきものでもあると。

MyClipはそういう側面を強く晒してしまっているツールなんだと感じます。でも、それは一つの側面でしかないと思います。


しかし、そういったことをそもそもが目指しているわけではなく、このツールが進んでいくとおもしろいと思う方向はClipNetworkが秘めている可能性、ソーシャル的な方向だと思います。

第3フェーズからblogユーザーじゃなくてもいいので、ちょっとソーシャルネットワーキングちっくな機能を実装する方向で。
詳細は [ MyClipのテスト ]

つまり、ただ、Clip するだけではなく、それを元にコミュニケーションするためのツールなんだと、私は規定しています。ただ、発展途上なだけかと。

だって、そうでなければ、別にローカルでブックマークしても良いようなツールを、わざわざwebツールにして、共有できたり、コメントを誰でも見られるようにしたり、ClipNetworkのようなものを作る意味がないわけです。

だから、コミュニケーションツールとしての側面を見ないままでの判断は、それは非常に勿体ないことであると思うわけです。


で、コメントですが、今は「ぴっくあっぷのめも」のコメントと同じような使い方を、とりあえずは想定していると思いますが、基本的に、その情報のオーナーに向けて書かれているようなものでも、それはClipコミュニティに向けて書かれている、という性格なんだと。決して「一方通行のサービス」ではないんですね。

会議室とか掲示板といった「濃い」コミュニケーションから比べると、「一方通行のサービス」と感じてしまうのは仕方ないかも知れないとは思いますが、私は、コミュニケーションというものは、もっといろんなレベルで行われても良いものだと思うのです。

blogがおもしろいからといって、blogのみですべてを行う必要はないし、blogが完全完璧なものではないのですから、いろんなツールを組み合わせて楽しめばいいのだと思うのですね。それこそがコミュニケーションに豊穣をもたらしてくれるものだと。


奇しくも同じタイトルの話題の記事「The Electric Womb: MyClipの功罪」(シリーズになっていますね ^^)でも、blogとClipを対立的な構図で捉えているように読めるんですが、私は両者は決して対立するものではなく、補完しあう関係であり、無理してblogでやっていた部分をClipに任せていけばいいことかなと感じています。


だから、そのうち「MyClipお断り」という主張も出てくるかも知れませんが、今まで、フォーラムで、オリジナルの人が見られないことを知りつつも言及してきたように、敬意と感謝を払いつつ、そして、若干の申し訳なさも感じつつ、MyClipすることでしょう。

これを罪というなら、MyClip の罪ではなく、好奇心と社会性を持ち合わせてしまった人間の罪と云うべきかも知れません。

MyClipの罪は、その罪を露わにしてしまったことなのでしょう (^o^;

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コメント

こんにちは。

>blogとClipを対立的な構図で捉えているように読めるんですが、私は両者は決して対立するものではなく、補完しあう関係であり、無理してblogでやっていた部分をClipに任せていけばいいことかなと感じています。

言葉の綾です。このツール自体は使用の方法によって補完し合うようにも、対立するようにも見せかけることが出来ます。また、私自身も両方の側面について論じていますよ。たまたま注目を浴びたのがその一方であったに過ぎません。

行為自体を否定するものでは全くございませんが、

>敬意と感謝を払いつつ

とは単なる欺瞞です。どのように感じるかは語っている人達ではなくて、語られている人達なのですよ。私はフォーラムというものを直接的には知らないけれども、ここでそういった言葉がでてくるのならば、「馴れ合いで気持ちが悪い」と言い切る人達の方に賛同せねばなりません。そうではないことを祈りますけれど。

投稿: Electric Womb | 2004.03.22 09:59

Electric Womb さん、ども (^^)/

そのように受け取る人が多かった、そのように取り上げられることが多かった、というのは「たまたま」ではないと思いますよ。

それは記事が内包しているものが、読み手側が持っていたものを刺激した結果だろうと思いますから「読める」と書いたわけです。

それなのに「両方について論じている、それはたまたまだ」と云ったら、それこそ「単なる欺瞞」ですがな(笑


あと、感謝とか敬意というものが、自分の中においたら意味がないのか、外に明確に提示できるものでなければ意味がないのか、と云えば、私はそんなことはないと思います。

それを欺瞞と断じるなら、それも人の罪でしょう。

なんでもかんでも「ありがとう」なんぞと云う人がいたら、それは「うざい」と云われるのではないですか。

ああ、そうか、フォーラムがそんな言葉で埋まっているならという意味かな。もし、そういう意味なら、それは私も気持ち悪いです(笑

そんな言葉は滅多に出てきやしませんよ。
刺激すればいくらでも出てきますけれどね。

そういう事を感じ、悩みながら、いろんな方法とタイミングで、ときに感謝を伝え、ときに寡黙に胸にしまい、人は生きていると思いますね。

私はそういう生き方をする人が嫌いではないです。

投稿: Tiger | 2004.03.22 10:22

たまに認証の必要な箇所が referrer で飛んでくることがあります。相手の管理画面などではなく、会員制の掲示板などですね。そういう場合、ただ純粋に「見たいのになぁ」と感じますね。

投稿: Shin | 2004.03.22 10:40

>好奇心と社会性を持ち合わせてしまった人間の罪

太字にされてるんで、指摘するまでもないですが、感じる・考えを刺激する 言葉の連なりですね

Great!!

社会を成立させようと動機づける1つにそういえば好奇心はあるわけだったよなぁ とか
ここで言う社会とは公共性をも第三空間・第四空間をも意味しめちゃくちゃおもろいかもな とか脳みそにスイッチが入りました♪

投稿: ono | 2004.03.22 10:49

>Tigerさん

>それなのに「両方について論じている、それはたまたまだ」と云ったら、それこそ「単なる欺瞞」ですがな(笑

そうでしょうか。私は当該記事の中で、「まだ真剣に考えたわけではないけれど、」以下に続いて連携の取り方について模索しておりますし、記事自体も流行追うブロガーにとっては有用なツールとなる事を書いています。
同時に対立的側面も書いていますけれど、この時点では概ねMyClipを好意的に受け取られた記事が多かったために、そこの部分に着目する人が多かったと考えていますよ。

また

>それを欺瞞と断じるなら、それも人の罪でしょう。

私にはここでそういう言葉を持ち出すことは、言い訳にしか見えないのですよ。ただ正当化しようとしているようにしか。行為自体を云々と書いたのは、やりたければ黙ってその様にすればよいし、そんな言葉をわざわざ持ち出してきても何ら行為自体を正当化する理由にはならないから欺瞞だといったのです。受け取る側はいかなる理由を持ち出そうとも陰口としか捉えていない行為をその程度では納得などするはずがないのですから。私自身は陰口とは思いませんけれど、言い訳することによってそれを肯定してしまっています。「お互い敬意を払って陰口を言いましょう」というのは気持ち悪いですよ、どう考えても。そういうことですね。

投稿: Electric Womb | 2004.03.22 11:12

Electric Womb さん、ども

なるほど、私の、もしくはフォーラムの人間の言い訳、という判断なわけですね(笑

あれは、言い訳でも、正当化でも、「敬意と感謝を」するから許せ、という話でもないですよ。

私は誰かに許して貰ったり、あなたは正しいといって貰いたいわけはないし、その必要も感じていないので (^^;

あそこは、ただ、自分がそう感じている、そして、そう感じる人もいるように思える、というようなことと、更に云えば「感謝」とか「敬意」という言葉をわざわざ使っているのは、言及してきた記事との対応と「こんな感じ方をする私はおかしいのだろうか。」に対しての、私の考えである「好奇心と社会性を持ち合わせてしまった人間の罪」の前段なわけです。

Electric Womb さんの記事に対応する部分としては「無理してblogでやっていた部分をClipに任せていけばいいことかな」の方くらいで、基調としては「異空間==お花畑: MyClipの功罪」に感じて、書いた記事なので、そういうことなのです (^^;

投稿: Tiger | 2004.03.22 12:11

Shin さん、ども

以前、まちゃみさんが認証掛けるなら更新通知出すな、って書いた記事があったんですが、Clipも、認証のあるところのクリップというのは、欲求不満を呼び起こしますね (^^;;

まあ、道具なんで、どういう使い方をしようが、人に迷惑を掛けない使い方であれば、それは仕方ないことですが・・・

投稿: Tiger | 2004.03.22 12:14

ono さん、おひさです (^^)/

「罪」って、他者に不快を感じさせると多数決で決まった行為、だと思っています。

そう、多数決なんですよね、たぶん(笑
決して絶対ではない。神様が決めるものでもない A^^;
まあ、その元となるのは経験なんでしょうけれど。

とりあえず人が決めたものです。

人が人である、重要な要件である「好奇心」と「社会性」、この二つがせめぎ合うとき、「好奇心」の「罪」の領域が拡大する感覚が私にはあります。

過大な好奇心は人を破滅に追いやる、なんてこと、よく聞きます A^^;

でも、怠惰と好奇心の追求が、文明の進歩を促してきたのだとも云えます(爆

好奇心は大事だと思いますね (^^)

投稿: Tiger | 2004.03.22 12:24

まず、ここで何でフォーラムの話題が出てくるんだろう、という第一の疑問。フォーラムのことと引き合わせる意味が不明です。

で、

>それと比べれば MyClip は、Clipされたことを知ることが出来るし、まだ見られるだけマシと云うことも出来ます ヾ(^^;)

について。

知ることが出来る。実は、ここが一番大きい罪かと。自分の記事が勝手にここで盛り上がっている。しかし自分の記事そのものに反応がない。これを目の当たりにさせられる、このことについて不快な訳です。

そもそもコメント、トラックバックによってその記事自体にその記事を巻き込む形で本来なら盛り上げられるべき言論が、横取りされている。

自分の記事が勝手によそで盛り上がる。このこと自体について否とする訳ではない。そのこと自体は今までにも充分あったことであり否定も出来ないほど現実の方が先行している。しかしMyClipに関しては、ブログとこれだけ密着したやりかたで、半ば確信犯的に記事を書いた人とそれに対する反応を切り離すということに非常に違和感を感じる訳です。

これからコミュニケーションツールに育っていくのではないかというのはあくまで理想的観測に過ぎない。

>だから、コミュニケーションツールとしての側面を見ないままでの判断は、それは非常に勿体ないことであると思うわけです。

これのどこがコミュニケーションツールなのか、私には理解不能です。これがコミュニケーションツールであると既定するなら、その実例を示してください。少なくとも私は、本来あるべきコミュニケーションを横取りしたツールと受け止めています。側面を見るまでもないことです。

また、

>敬意と感謝を払いつつ、

については、Electric Wombさんと同じく、欺瞞ですね。例えどんなに大きな敬意と感謝の意を持っても、相手に伝わらなければ何の意味も持たず、それは「無」と同意です。

そういう意味でも「横取り」のツールだと主張している訳です。

投稿: おはる | 2004.03.22 19:40

追記。

>会議室とか掲示板といった「濃い」コミュニケーションから比べると、「一方通行のサービス」と感じてしまうのは仕方ないかも知れないとは思いますが、私は、コミュニケーションというものは、もっといろんなレベルで行われても良いものだと思うのです。

勝手に私がフォーラムと比較したかのような書き方はやめてください。私が元となった記事を書いた時、そのような概念は一切持っていません。ブログはブログとして、完全に切り離して考えています。

投稿: おはる | 2004.03.22 19:42

コメントに対するコメント。

>なんでもかんでも「ありがとう」なんぞと云う人がいたら、それは「うざい」と云われるのではないですか。

少なくともその記事に対して何らかのアクションを起こしているのにもかかわらず「ありがとう」の気持ちが伝わらないのは非常に自分勝手な論理です。

何も行動を起こさないのであれば敬意とありがとうは胸にしまって構わない。しかし何らかのアクションを起こすのであれば、きちんと気持ちを伝えるべきです。

それでこそ、ブログのコメント、トラックバックの意義がある訳です。


投稿: おはる | 2004.03.22 19:53

おはる さん、ども

まず、コメントではなく、記事にしたのは、私のスタンスでの見方だからです。

おはるさんの記事で感じたことを書いたから、引用しているし、トラックバックもしているけれど、おはるさんだけに向けたものではないし、また、おはるさんがこう考えているはずだと決めつけるつもりもありません。

ただ、感じる元はこういう所にあるのかなという推理はしていますが、それはおはるさんを説得したり、その思いを看破したりするのが目的ではありません。

それなら、コメントでゆっくりとやりとりしながら、くみ取っていきますよ (^^)


でも、そうではなく、記事にするという選択をしたのは、それは私がClipという行為、そのコメントという行為について感じ、そして思ったこと、それに対する期待を語りたいからという至極エゴな思いからなわけです。

だから、私がトラックバックを送った先は、スタート点であったおはるさんや、意識の中にあったElectric Womb さんもありましたけれど、ドリコムの内藤さんやゆ~すけさんのところにも送っています。

そして、フォーラムについては「思い出した」と書いてあるとおり、おはるさんではなく、私が、おはるさんの記事を見て、感じたことを書いているわけです。

つまり、最初から、そういう性格のものなんですよ。

おはるさんの記事は、私の記事の出発点ではあるけれど、それだけを分析したりしているわけではありません。

「おはるさんが」フォーラムと比較しているように読めたのであれば、それは私の筆力のなさでしょう。


さて、それはそれとして、記事への反応って、横取りしたり、されたりするようなものなんでしょうか。

また、コミュニケーションはキャッチボールのように、愛書から相手を定めて投げて、そして投げ返すことを期待するようなものだけなのでしょうか?

私は、どれも否定感を覚えます。

記事を書いているときに、まったく関係のないところでネタに盛り上がったとしても、それは全く構わないし、自分の所にコメントが付かなかったとしても、それが、余所で盛り上がったせいだなんて責めるのはお門違いだと思います。

そして、誰かターゲットを定めて記事を書いているわけではなく、いつか、どこかの誰かの役に立てば幸いだし、誰の役にも立たなくても良いと思っています。


おはるさんにしても、書き手がコミュニケーションに加えて貰えない、加えて貰えていないことが後で知ることになるってことは「否定できないほど現実が先行して」いると分かっているわけですよね。

それなのに「自分の記事が勝手によそで盛り上がる。このこと自体について否とする訳ではない」といいつつ「記事を書いた人とそれに対する反応を切り離すということ」(というか切り離れてしまうこと)を問題にするのは、私から見ると、とても論理的に違和感があります。

感情的には分からないでもないですけれどね (^^;

その違和感が私に、最初のフォーラムに対する外部の反応を思い起こさせたのですよ。


「相手に伝わらなければ何の意味も持たず」という考えがあるから、「コミュニケーションツールなのか、私には理解不能」になるのでしょうかね。この流れなら分からないでもないですが。


しかし、私は、前記の通り、相手を特定することもないし、相手に伝わらなければ何の意味も持たないなんても思ってないし、加えて、公開されている以上は、大抵は誰かに伝わるわけだし。

もちろん、その誰かに必ずしも書き手が含まれていなくても、全く問題ないです。

一対一のコミュニケーションではないし、限られた人数/集団で何かを討議しているわけでもないのですから、全くの関係ない一見さんであっても問題ないんです。

そして、誰かに伝わって、そのまま受け取りっぱなしでもいいと思うし、それが心の中に積もっていって、いつか何かの形で、コメントとは違う形かも知れないけれど、世の中に出れば、それは立派なコミュニケーションの一部だと思っています。

コミュニケーションは、ナニもキャッチボールだけとは限らないのですよ。ブロードキャストも立派なコミュニケーションなのだと云うことですね。

これが、おはるさんの求めているもの、考えているものと違うかもしれません。というか、違うでしょう。

でも、私の考えるコミュニケーションとは、そういう範囲のものなんです。

特にblogというブロードキャストが可能なツールはそれを強く感じさせますね。

そう感じているところに「横取り」というような言葉で、コミュニケーションの囲い込みを想起させてしまう、それが、私には掲示板とか会議室という言葉を思い起こさせるのです。


まあ、そんなわけで、MyClipも、共通の記事(URL)というテーマがあり、そして、コメントという発信手段があるからには、まだまだ、発展途上ではあるけれど、コミュニケーションツールの可能性が私には十分感じられたのですよ。

それはClipされたコメントや記事を見ると私だけではないようです。

Clipという新しい手段が出来て、当初は、本来、blogのコメントでするような内容もClipのコメントでされるかも知れません。

しかし、それは一過性のもので、コメントとトラックバックが使い分けられていくように、Clipのコメントも、それなりの収まりをしていくと思います。

それで、減ってしまうようなコメントであれば、それはそれまでのものなんですよ。

当たり前の話ですが、反応というものは、無理矢理させるものでもないし、無理矢理するものでもないのと同様、何かを書くという行為に対しての相手のリアクションですから、そのリアクションをどういう手段で行おうと、それをどうこう言うものではないでしょう。

Clipの書き手が記事へのコメントではなく、記事の書き手に届く可能性が低いClipのコメントを選択するというのは、そういう必然性があるという事だと思いますね。


ただ、やはり書き手としては、反応は知りたいというのも当たり前です。だから、自分のblogのURLから、Clipを検索する手段を提案したりしています。他からも同様の提案が上がっています。

それに対し、http://www.myprofile.ne.jp/blog/archive/saito/64 で、反応も出てきています。

更に、ClipするとTBを掛けるというような仕組みを提案されているところもあります(http://blog.livedoor.jp/kyorecoba/archives/267570.html )。

こういった流れをご存じの上で「実例を示せ」「理想的観測にすぎない」と切り捨てるのなら、かなり手厳しい見方ではないかと思いますね。

ご存じないのだとしたら、もう少し見守ってみては如何ですか?

投稿: Tiger | 2004.03.22 22:22

>それなのに「自分の記事が勝手によそで盛り上がる。このこと自体について否とする訳ではない」といいつつ「記事を書いた人とそれに対する反応を切り離すということ」(というか切り離れてしまうこと)を問題にするのは、私から見ると、とても論理的に違和感があります。

自然発生的によそで盛り上がった、ということと、意識的に切り離したところで盛り上げている、という明快な差があります。

引用が前後しますが、

>ご存じないのだとしたら、もう少し見守ってみては如何ですか?

知らなかったら何も言うな、ですか?私が今どこまで知っているなんて私自身に判断できる訳ないじゃないですか。だから私はこれからも今の自分で持ちうる知識でものを言っていきますよ。

>こういった流れをご存じの上で「実例を示せ」「理想的観測にすぎない」と切り捨てるのなら、かなり手厳しい見方ではないかと思いますね。

その通りです。Blog of the Yeah!という、ブログオーナーのほうにも協賛企業のほうにも視線が向いてない、自己満足なイベントをやらかしている会社のやることを優しく評価できるほど私は優しい人間ではありません。


投稿: おはる | 2004.03.22 23:14

追記。

>Clipの書き手が記事へのコメントではなく、記事の書き手に届く可能性が低いClipのコメントを選択するというのは、そういう必然性があるという事だと思いますね。

直接コメントを残す価値すらないどうでもいい記事ということですか?少なくとも私にはそう取れます。

投稿: おはる | 2004.03.22 23:17

おはる さん、ども

コメントとTBしてもらった記事と、いままでのやりとりで、おはるさんの不快感の根っこと、スタンスの違いは了解しました。

その根っこに関しては、私にはどうしようもありません(笑


ちなみに「見守ってみる」ことは「何も云うな」ということでは当然ありません。

親が子供を見守るというのは、ときには厳しく叱ることにも繋がりますし、相手の云うことを良く理解するための努力も要求されます。そういったことを含んでの「見守る」です。

でも、そうならないだろう事もよく分かりました。


あと、「Clip」へのコメントを選択する必然性は、必ずしも記事の価値がない場合だけとは限りません。コメントの側の意味合いというものもあります。

元々が書き手とのコミュニケーションを目的としていなかったコメントというものとかもあると思います。

記事の書き手とのコミュニケーションはヘビーである、記事を書くほどでもない、でも、一言、なんか云いたいことがある、そんなシチュエーションは容易に想像が付きます。

「MyCripは小心者にいい。」(http://www.myprofile.ne.jp/blog/archive/excite/426 )にも、いろいろとあります (^^)

投稿: Tiger | 2004.03.23 01:41

・う~む、10000px 越えちゃったよー、スゲー(笑
・url 判別のバグ、まだ直っていないなー(困

投稿: Tiger | 2004.03.23 01:45

スタンスと自分の立っている地面の違いが明確になれば、私としては満足ですね。価値観が全く同じ人というのはいませんので、違いを認識できた上で丸く収まればそれでいい。

まぁ、私がドリコムのやることに対して厳しい見方をするのは、他にも訳があるのですが、その訳を明らかにしたところで生産性がないので黙っておきます。

投稿: おはる | 2004.03.23 01:52

全く話は変わるんですが、

>・url 判別のバグ、まだ直っていないなー(困

Tigerさんが直す前に見たものですから、後ろに2バイト文字がくっついたままリンクに飛んでしまったんですが、普通に飛べてしまいました。これってIEの緩さなのかLunascapeが単純にすごいのか、よく分かりません(笑)

投稿: おはる | 2004.03.23 01:58

皆様こんばんは、ドリコムの内藤です。

さきほどおはるさんのところにもコメントしたのですが、MyClipされたコメントが本来であれば自分のところに残るべきだったという意見や、無視されたようで気持ち悪いという意見に関しては最終的にはClip禁止機能をこちらで実装するとかの対応しかないかなと思っています。
URLを登録するなどでそのURLはClipできないようにすると。ただ、オーナーでない人がいたずらで他の人のblogへのClipを禁止するなどができないようにしないといけないなど課題は多いですが、今後実装機能案の1つとして検討してみます。
僕としても議論が思わぬ方向に進んでいて、ちょっと驚きで。

あとclip自体は推薦の色が濃くて、まずは自分のblogに掲載されることで自分のblogを見ている人に推薦を。
ClipNetworkでは自分のblogをListにいれてくれている人に推薦を。Group(まだ未実装)ではGroupのメンバーに推薦を。
という感じで、面白いニュース、記事などを見かけたときに誰かに推薦するという色が濃いです。なので、横取りとかそういう感覚はまったくないんです。

投稿: Number7110 | 2004.03.23 02:51

まだ分かってらっしゃらないようですね・・・。

あ な た が 横 取 り と 思 わ な く て も 、 一 人 で も そ う 感 じ る ブ ロ グ オ ー ナ ー が い た と し て 、 そ の 感 覚 を 無 視 し て 開 発 を 続 け る ん で す か ?

推薦であるとかそういう理想はもう分かりましたから、理想に溺れてないで、現実を見てくれませんか。

投稿: おはる | 2004.03.23 03:12

内藤さん、ども

わざわざ、コチラまでおいで頂きありがとうございます。

Clip禁止まで検討されていると云うこと、正直、驚きました (^^;

実際にどういうようにするかは、まだ検討の段階だと思いますが、私の意見としましては、Clipされること自体は、ディープリンク同様、全く許容できないと云うことは少なく、掲示板にリンクを書き込むのと変わりのないものだと思うのです。

ですので、もし、そのような機能を付けるのであれば、Clipは出来るけれど、コメントは出来ない、同時にサイトオーナーが登録したコメント(「コメントはこちらへ」のようなショートメッセージ)が表示されるような、そんな感じであれば良いのではないかと思います。

いかがでしょうか (^^)

投稿: Tiger | 2004.03.23 03:22

MyClip の、もともとの思惑としての「第三者への紹介」は最も自然な形だと思います。
あれをコミュニケーションツールなどとして位置づけようとするのがそもそもの間違いでは。
あのツールでコミュニケーションを行おうとするなら、それは他人のネタで繋がろうとする横取り感覚を覚える方がいて当然と思います。ソーシャルネットワークという Buzzword に乗せられ過ぎないように考えたほうがいいと思います。

私はコミュニケーション(少なくとも仲良くなろうとするもの)などと思わず、単にフィードバックシステムと受け取っているのですが、今現在は元記事の著者自身がフィードバックを得る簡便な手段がないのでアレですが、それができれば充分です。

あそこに書くのが否定/肯定に関らず紹介文であるかぎりは、根本的には個人ニュースサイトとの差異はないと思います(*)。が、そこに MyClip 利用者同士のコミュニケーションという概念を持ち込むとおかしなことになります。

*:
が、マウス右クリックにより、まるでそこにコメントを書くような感覚で Clip できてしまうことがおはるさんの懸念の元でしょうね。どこぞのブーメラントラックバックと対称的ですな。コメントの持って行き先が。Clip 登録画面のコメント入力欄の文言を調整するだけでだいぶよくなるのではないかなぁ。


投稿: Shin | 2004.03.23 09:59

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