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2004.04.02

泣きたいと思う

終わりました。

母はそんなに体格の良い方ではなかったですが、生前、自分は骨太だとよく云っていた通り、一番大きな骨壺一杯のお骨になって、闘病中に、泣いて帰りたがっていた、自分の居所にやっと・・やっと戻ってきました。

まだ、まったく整理は付いていませんし、今日も実家に戻って病院への挨拶などするつもりです。
やはり、肉体的にもしんどかったのでしょう。あんなに暖かい2日間だったのにちょっと風邪気味です。

でも、皆さんからのメッセージをもう一度読んでいたら、自分の中の「書きたい」という気持ちがあふれてきました。


母が亡くなって2日半。
父や弟と相談しながらも、手配とか指示とか、知人や親族への連絡とか対応とか。
リハーサルもやり直しも出来ない時間を過ごしてきました。

なんかいろいろと失敗もしたような気もします。
正直、今はよくわかんないです。

一つ分かっていることは・・・まだ泣いてない・・・

涙がぽろっとした瞬間は何度かありました。

一番、あふれてきたのは母を、母の文机に戻してやったとき。
狭いうちなのに、ものを捨てない、捨てられない、不器用な母のものがあふれていた文机の上を家族総掛かりで片づけて、なんとか場所を作って、たぶん一番戻りたがっていた、母の居所に戻してやったとき。

でも、それも一瞬。

今もこうして書きながら、モニターがぼやけてくるけれど、まだ泣けない。
まだ、やること、やらなければならないことが残っているから・・・

もう少し。もう少し、頑張ったら、母も許してくれるだろうから、どこかで一人で泣こうと思います。

母の子供に戻って。

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コメント

私、自分のばぁちゃんが死んだ時には泣けなかった人で、それは人が死ぬことは必然という意識が強くあり、ばぁちゃんも天寿をまっとうできたろうなぁ、と思っていたからと思いますが、自分の母親に関しては、特別に迷惑をかけてきた手前、母ちゃんの自分に対する心残りがなくなる前に逝かれると、泣くかも、とか思いました。
私はかなりの冷徹漢^^;ですが、死なれてしまう前に何らかの充実感(心配事の払拭とか)を味わってもらわねば、などと思ったり。そして、実は親の一番の心配事は、自分より先に子供が逝かないことだろう、とか考えたり。
とりあえず、ばたばたながらもゆっくりして、いろいろご整理頑張ってくださいませ~。

投稿: Shin | 2004.04.02 09:54

子供の出来る親への一番の贈り物は、親よりは先に死なないことと孫の顔を見せてやることかなと思っています。

まあ、天寿、だとは思っていますし、祖母にも、母にも、死ぬ前に、それはかなえられましたから、それはそれで心残りはないんですが、ただ、自分のために泣きたいんですよ (^^;

泣くことは、とても精神を解放し、癒やしてくれますから・・・若いときは、こんなことを考えずに泣けたんですがねぇ・・・今は、自分と折り合いを付けないと泣くことも出来なくなっています。

投稿: Tiger | 2004.04.02 11:08

おはようさんです。おつかれさまです。
わたしが泣けたのは、葬儀も終わってその後かたづけも全部終わって、1週間くらい経って、ひとり東京に戻る途中で、はじめて泣きました。

それよりもっと何日もすぎてから、ああ、本当にもういないんだ、電話してももう出ないんだ、と思ったら、涙が止まらなかった。

きっと、そんな風に、もういないことが実感になった時が、一番悲しいかも、しれない。

とりあえず、おつかれさまでした。

投稿: ma-sami | 2004.04.02 12:50

泣く機会を逃して3年。未だに泣けません。私はもう一生泣けないのだと思います。だから。泣きたいときには、無理しないで、無理をしてでも、泣くのがいいと思います。

ご苦労様でした。

投稿: manic-depressive | 2004.04.02 22:49

nariです。

今知りました。遅くてごめんなさい。

暫くは色々と大変だと思います。Tigerさんご自身も御自愛ください。

ちょっと、これ以上は言葉に出来ません。すみません

投稿: nari | 2004.04.03 03:50

ma-sami さん、ども

いないんだ、もう、いないんだ、と、じわじわと染みこみつつあります。頭はわかっていますが、体が抵抗している感じ・・。

manic-depressive さん、ども

機会を逃すとそういうものかも、ですね。そういえば祖母のときがそうでした。良くしてくれた祖母でしたが、涙は骨になった祖母を見たときに、少しにじんだ程度でした。

とても長い闘病だったこと、高齢だったこともあり、亡くなったときは、ああ、やっと楽になれたね、よかったね、大往生だという感じでしたし。

nari さん、ども

こういう事情もあり、nari さんのココログは、ある意味、私の救いでもありました。nari さんはまだまだ頑張ってくださいね。

投稿: Tiger | 2004.04.03 09:41

無理に泣く必要なんかないし、逆に泣きたくなったら衒いを捨てて泣けばいいだけ、だと思うんです。

四十を過ぎると余計な事は考えなくなって、最近は涙腺が緩みっぱなしになってきました。

投稿: ごまめ | 2004.04.03 11:43

Tigerさん、おつかれさまです。桜もきっと見送ってくれたことだろうとおもいます。

まだ経験したことはありませんが、本当に気力のいることだと思います。私なんて芯が太い方ではないので、、自分がどうなってしまうか怖いです。

涙は感情のバロメータとか、心の洗剤だとか言われます、泣きたいときだけどっと泣いた方が良いかなって思っています。

なんだか、まとまらない文になってすみません。
お疲れ様でした。くれぐれもお体には気をつけてくださいませ。

投稿: tomono | 2004.04.03 11:57

親というのは子供に無償の愛を注いでくれる存在ですよね。
子供としては無意識に全幅の信頼を寄せていたりします。
頭で分かってはいても心の拠り所を失ったような気になる事でしょう。

私は祖母を亡くした時にやはり病院で家に一日だけ戻りたいと懇願されたのですが、
丁度その日は体調が優れない為延期し、戻れずじまいで、
父が家に帰りたかったんやなぁ、無理してでも返してあげれば良かった。と嘆いておりました。
子供としてもその時々で最適解を選択しているつもりなのですが、
振り返ると完璧な事はあり得ませんよね。

それでも親はきっとそれも含めて分かってくれているのだと
信じ続ける事でこれからを生きて親に報いたいと
私は考えていたりします。

まだまだ法要などお忙しい事と思います。
ご自愛下さいませ。 m(_ _)m

投稿: KITORA | 2004.04.03 12:48

何もかも完璧な最期やお別れというのはないです。
やり直しがきかなくても、精一杯のことをやるだけで。

生きると言うことも毎日がその繰り返しなんでしょうね。
Tigerさんも無理にがんばらなくても、これからの毎日を丁寧に生きていれば、お母様はそれでいいと思っているはずですよ。それより早く風邪を治してくださいね。
どこにいても、何をしてても、子どもの体調を気にかけてしまうのが、母親というものですから。

投稿: FFへんしゅ~ちょ | 2004.04.03 14:50

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