記事見出しの著作権について
著作権は商用目的であろうがなかろうが関係のない法律ですから、結果次第では影響がないとは云えないかと。
商用目的でなくたって、影響力が大きいサイト、とくにSEO能力の高いブログなどは影響を受けると思います。
個人の Weblog は基本的に商用目的のサイトではないのだからあまり本裁判の結果は関係無いのでは、と思う所もある一方、今後Google の広告表示等で個人 Weblog でもある一定の収益が上がる状況にもなるので、Weblogger としても推移を良く見て置くべき問題なのでは、と思います。詳細は [ B-log Cabin TP: 記事見出しと著作権:Weblog 上のリンクへの影響は? ]
まあ、救いなのは親告罪としての側面があるので、著作権者が何も云わなければ犯罪ではないということくらいでしょうか。つまり、そうなった場合は著作権者の恣意的な判断を慮ると云うことになってしまいます。
例えば、もし、見出しに著作権あり、ということにするならば、見出しのみを並べたクリップ記事なんてのは、完全に、著作権で認められた引用の枠をはみ出してしまいます。それに一言、二言の感想を付けるというのも微妙でしょう。
私も「一定の著作権」というのはよく分かります。
でも「一定の著作権」というのが現状の著作権であり得るかというと難しい気がします。
著作物としたとき、その著作権の著作人格権と著作財産権の運用範囲を明確に規定できるように法律が変わるとか、公正な慣行として判例などで積み上げてきた引用の枠組みを変えるとか、そういったことが起きないかぎりは、今回の判決が変わってしまうのはかなり危険だと思います。
タダでさえ、野放図に適用範囲が広がりつつある著作権ですから、このまま、現在の著作権を無理矢理適用していったら、魑魅魍魎の法律となってしまい、書き手自身の首をさえ絞める、誰の得にもならないものにものになってしまうのではないかと思います。
このあたりが
オープンソースですら一定のライセンス下で配布されている現状を考えると、テキストコンテンツはネット上での権利に関する法的な準備が不足していたのかもしれない。詳細は [ Venture Now(ベンチャーナウ) Daily Venture News ]
というような現場の考えに繋がり
個人のテキストコンテンツに注目が集まっている今だからこそ、書き手を育て、技術の進歩がそれをさらに発展・支援することができる法整備に期待したい。詳細は [ Venture Now(ベンチャーナウ) Daily Venture News ]
というように「法整備」への期待という結論に至るのではないかと思います。
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Venture Now の記事「記事見出しに著作権はない。コンテンツ業界を震撼させた判決の波紋 」に注目。CNET Japan 社長の御手洗さんのコメントも、取り上げられている。 [続きを読む]
受信: 2004.04.10 21:07
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「ブロガーこそ見出しの著作権を主張すべきだ」は尻切れトンボになってしまいましたが、関連情報は引き続きウォッチしています。 「記事見出しと著作権:Weblog 上... [続きを読む]
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コメント
>例えば、見出しのみを並べたクリップ記事なんてのは、完全に、著作権で認められた引用の枠をはみ出してしまいます。それに一言、二言の感想を付けるというのも微妙でしょう。
個々のクリップ記事に対してはそうかも知れませんが、ブログ全体としてみた場合、それはその人の切口が集積したデータベース著作物として捉えることができそうな気もするのですが、どうなんでしょうか。ブログを開始する前に明確な方針の言明があれば、でしょうかね。それとも、集積・選択した後に全てを一度に公開するタイプじゃないとダメなんでしょうか。
それから、時事の類は、見出しに限らず、そもそも著作物として認められていなかったような気もするのですが、いつから見出し以外の記事には著作権が付与されるようになったんだろうかと、その点も気になったニュースでした。
投稿: facet | 2004.04.09 17:59
今回の判決は、見出しのみの流用なら、引用の枠に入っていようがいまいが、著作権を侵害しないと考えるべきでしょう。なぜなら、見出しにはそもそも著作権が認められなかったのですから。
時事関係の報道に関しては、確か事実そのものには著作権を認めないが、それを文章として書き起こした記事には著作権を認めるという判断だったと思います。
投稿: FUN | 2004.04.09 20:10
facet さん、こんにちは
例えば、極端な例で云うと、十章ある本の内、まるまる一章が他者の著作物だけだった場合、他の九章の存在を持って、その一章を引用と云うことが出来るかどうかはかなり難しいと思います (^^;
更にその一章一章の発行が10回に分けられていたらまず無理でしょう。
ブログの場合、従来のオールドメディアの感覚から云えば、公開された時点が配信・発行であり、その時点で著作物が区切られていると見なされる可能性が大変高いと云えます。
なので「集積・選択した後に全てを一度に公開する」ならばまだしも、クリップした記事をその都度公開していったら、まず、従来基準から云うと、ダメと思った方がいいと思います。
あと、記事の著作権ですが、時事報道でも、短信や訃報のような、客観的事実を創作的表現無しに記述したものにはないとされます。
しかし、通常の報道記事は、いくつもの取材によって得られた事実の取捨選択などが行われ、その事実も何が重要で何が問題点であるか、また、今後の記者やメディアとしての予想などが含まれることなどから、著作権性があるとされますので、一般的な引用のルールを守ることが必要です。
なので、今回の判決において、「創作的表現」であるかどうか、「表現の選択の幅」、「字数」、「記載された事実と離れて格別の工夫が凝らされた表現」といったことが要点になっているわけです。
著作権は、創作的な表現を守るもの、という原則をあくまで貫いたという感じですね。
投稿: Tiger | 2004.04.09 20:48
FUN さん、ども
私は、minamiさんの「ある限度内の自由な記事見出しの引用は認め、一方で著作権も一定範囲で保護する」というのに反応したのです。
そういうことが現行の著作権法で可能なのだろうかと。
今回の判決が確定すれば、見出しに著作権はない、ですから、利用する側には何も問題はありません。これは読売新聞が提訴を断念するか最高裁で判決が確定するまで、ですね。
確定すれば、見出しをひねり出す側としては残念でしょうが、それは法律が変わらない限りはどうしようもないことです。
しかし、これは minami さんの主張ではないと思えます。
となると、見出しに著作権を認めると。
すると、現在の著作権というもので考えようとすると、よほど解釈を変えない限り、例示したものは引用として処理せねばならないだろうから、そうすると「ある限度内の自由な記事見出しの引用は認め」というのは、判例として出すのはかなり無理があるのではないだろうか、それほどの解釈変更をするなら、法律そのものを変えた方が良いのではないだろうか、という記事なんです。
なお、報道でも事実をただ単に書き記したものは著作物ではないとされます。
しかし、一般には「客観的な事実を素材とする新聞記事であっても、収集した素材の中からの記事に盛り込む事項の選択と、その配列、組み立て、その文章表現の技法は多様な選択、構成、表現が可能であり、新聞記事の著作者は、収集した素材の中から、一定の観点と判断基準に基づいて、記事に盛り込む事項を選択し、構成、表現する」(東京地裁平成6年2月18日判決)というのがあって、こういった報道記事も著作物になるというのが判例なんですね。
参考:http://www.cric.or.jp/qa/sodan/sodan8_qa.html
投稿: Tiger | 2004.04.09 21:08
facet さん、補足です
FUN さんへのコメントにも書きましたが、今回の判決が確定すれば、私が例示したものは未来永劫全く問題ないということになります。
あくまで、もし見出しに著作権あり、ということになったら、という話です (^^;
元記事とあわせて読んで貰えれば分かるかなぁと思っていたんですが、分かり難いようなので、ins で追加しておきました (^^;
投稿: Tiger | 2004.04.09 21:11
すみません。ちゃんと元記事等を読んでませんでした。insでさらに良く分かりました。_(._.)_
記事の著作権に関してなども勉強になりました。ありがとうございました。
投稿: facet | 2004.04.11 07:17