ネットで読めるモノを書籍化する不思議
「Modern Syntax: ブログが与えたインパクトとは何か?」で、編集、というものの必要性について触れられていますが、別の確かアメリカの大統領選に関連するテレビ局のなんかだったと思うのですが、編集されていないが故に、そのままでは(マスメディアとして)使用できない、それを何とかするために、大変な労力を使って専用システムを構築した、という様なことが書かれていました。
そりゃ、そうだよね(笑
と思ったのでした (^^;
新聞にしても、ラジオ・テレビにしても、それぞれの会社のポリシーに従って、ソースを取捨選択し、編集を行い、それを提供することで、それぞれの会社の独自色を出しているわけで、編集を行わずに垂れ流したら、受け取りにくいだけでなく、どれを選んでも同じと云うことになってしまいます。
ネットワークというのは、誰でもインターネットに繋げれば、同じソースに触れられるわけですが、それなのに、ニュースサイトに行ってしまうのは、そのままではとてもじゃないけれど、受け止めきれないからですね。
blog にしたところで、簡単なソースの選択と編集はされているけれど、そのレベルは千差万別なわけで、しかも、コメントやトラックバックでリアルタイムに成長してしまい、それは何の編集も掛からないわけですから、これを、一つの読み物に仕立て上げるためには、やはり、編集という手順が必要になるのでしょう。
それをまたネット上に上げることも出来るわけですが、それが更に再生産を生んだりして、きりがないですね(笑
結局の所、情報を制限することで伝えたいモノを明確にすることが、たぶん編集の目的だろうと思いますが、書籍化というのは、ある瞬間を固定化することで情報を制限する、ビデオがあっても、スナップショットを撮るようなこと、なんでしょうね (^^;;
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