« mixi がサービスに上限を設定 | トップページ | Yahoo!JAPAN が、一部で RSS配信を開始 »

2004.10.20

人間の可能性

人間はどんな状況でも、どんなに年老いても、限りない「可能性」を持っているという実例でしょう。

@nifty:NEWS@nifty:交流で奇跡の歩行…「脳性マヒ」1歳と寝たきり89歳(読売新聞)

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/795/1729257

この記事へのトラックバック一覧です: 人間の可能性:

コメント

不覚にもこの記事読んで泣いてしまいました。ええ話や……。

子どもたちと老人がふれあう機会を作ろうというのは、各所でぼちぼち起きつつありますね。極端ですがこういう実例を見ると、互いに良い影響を与えることがあるからなんでしょうね。

投稿: FFへんしゅ~ちょ | 2004.10.22 02:25

FFへんしゅ~ちょ さん、おひさデス

泣きはしなかったですが、この間、亡くなったうちの母が亡くなる1~2ヶ月前から、病院で動けない状況の中で、ボケが出て、あまり、まともに話も出来なくなっていたりしたんですが、そんな状態でも、うちの娘(母にとっては孫)を連れて行くと、話せなくともにっこりとしたり、頭を撫でたり、手を握ったり・・・そんな様子を思い出して、ちと、しんみりとしました。

今の都市化、近代化、というのは、便利だし、生活もしやすいですが、けっして生きやすい、とは云えない感じがします。

もっと、老人も子供も同じ生活圏の中で生きやすい世の中になれば、その間の我々だって、ストレスの少ない、ホッとした生き方が出来るのではないかなと思ったりします。

投稿: Tiger | 2004.10.22 09:18

Tigerさん、こんにちは。

いろいろあってご無沙汰しておりました。肉体的苦労はないんですが、精神的には参ることがいろいろあった気がします。(苦笑)

小さいお子さんを見て、お母様が自分を取り戻すというのはありがたいようでとても切ない気持ちになりますね。
うちの場合はちょっと違いますが、逆のバージョンでしょうか。
数年前母が脳出血で入院していた時のこと。当時母は半身が動かず、見舞いに行くと、いつもと違う母に子どももはじめはかなり驚いたようでした。ところが、
「おばあちゃんは手が動かないから大事にしてあげてね」
と教えると、優しく手を撫で、食事中私には行儀が悪いと責めるのに(苦笑)、ご飯をこぼしながら食べる母を見ても、黙って見逃していたということがあります。
#母に言われるまで、子どもの気配りに私は気がつきませんでしたが(^◇^;)
近代化&核家族化した今では、あまりに距離が近すぎても難しいところはありますが、仰るとおり、もうちょっと上手にコミュニケーションが取れるようになれたらなぁとは思います。これは今現役の私たちが考えるべき課題かも。

投稿: FFへんしゅ~ちょ | 2004.10.23 02:03

FFへんしゅ~ちょ さん、ども

私は7~8月は夏バテしていて、やっと、涼しくなってきて、調子を取り戻したという感じです。

まあ、どんなに近代化しても人間はそんなに便利に変わらない、ということかなと。

原点は動かない・・・

投稿: Tiger | 2004.10.23 05:00

コメントを書く