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2005.02.02

やってみれ、なんでもいいから

何もしなければ、何も得られないのだから、そのときに出来ること、やりたいことを一生懸命やってみることには全面的に賛成です。CMではないけれど、やってみての失敗は、必ず、次に繋がるし、糧になります。

話はそれから、で良いのですよね(笑

目標をもつことは大事だし、長期的視点というかゴールというか、何を持って区切りとするかを考えることで前に進むことができたりもするわけですが、先のことをそれ以上そんなに深く考えてもしょうがないというのは、僕の実体験を以て言える一言かなと思います。
[ 5年後のことなんて、わからないし。 : NDO::Weblog ]

やってもみないでうだうだ云っていても、全く説得力がないですしね A^^;

がんばれ、俺たち!!

ただ、年齢が進むに連れて、目標ではないゴールも身近になってくるのですが・・・ A^^;


私は10代のとき、余り体力がなかったこともあり、そんなに生きられないんじゃないか、そんなに長く生きても仕方ないんじゃないか、そんなふうに思っていました。何とはなしの虚無感に覆われていた感じで、懸命にもがいていながらも、疲労感に深く包まれていました。

ところが20代になって、明日死んじゃうかも知れないけれど、今日、思いっきり体を動かして、腹が減ったときの飯はおいしい、それでいいやと開き直ってみたら、すごく楽になって、気が付いてみたら、人並みには頑張れる体になっていました。まあ、自分の体とのつきあい方が分かったせいもありますけれど (^^;

次に30代。あれっと思ったら、だんだんと体が辛くなってきます。あー、これが体力の衰え、老化と云うことかと実感がわきます。そこそこ、動けるようになって、ペースを掴んだところで、そういう実感を持つと何とはなしに焦りも生まれますが、まだまだ、体は動きますから、そんなには意識はしません。

そして40代。無理をすれば後が辛いし、老眼とかがいろんなイベントが襲ってきています(笑
自分で決めたゴールではなく、生き物としての否応なしのゴール、寿命というものが身近になってきました。
親戚や親しく付き合っていただいた目上の人の死に出会うことも多くなってきますし。
ただ、それなりの経験があるせいか、10代のときのような虚無感はもうありませんね(笑

それよりは、子供や若い人の死に接すると残念で痛ましくて仕方ありません。体が震えて、涙が出そうになるくらい。
これは自分が若かった頃には、ただ、かわいそう、でしかなかったのですが、自分が人の親になると、こんなにも変わるものかと思います。

もっともっといろんな事が出来たはずなのに・・・。


これから、更に歳を重ねるにつれて、また変わっていくのだろうなと思いますが、それでも、自分も含めて、とにかく、『やってみれ、なんでもいいから。話はそれからだ』と思います(笑

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コメント

こんにちは

ちょっと迷ってたことがあって 
迷ってもしかたがないと開き直ったあとでCMN巡回したら
このタイトルに引っ張られました(^▽^)
勝手に背中を押された気がしますヾ(^^;)ヾ(^^;)

投稿: みかるー | 2005.02.02 13:07

みかるー さん、ども

迷わず「やらない」というときは、まだ考える余地があるのかもしれません。それは理由がはっきりしているわけだから、その理由について考える余地があります。
でも、迷っているくらいなら「やってみれば」と思います。だって、考えても分からないことは、いつまで考えたって、やってみなければ分かんないですよね(笑
そして、ダメだと分かったときに、やめればいいのです (^^;
そうすれば、少なくとも、次は同じ状況で迷わずに済みます (^o^;
やってみないと、同じ状況で何度でも迷う羽目になります。

投稿: Tiger | 2005.02.02 16:53

もんだいは やったが最後元には戻れないなんて事態が起こったらどうしようというあたりですが
そのときは戻らなけりゃいいって事でヾ(^^;)ヾ(^^;)
…というとものすごく深刻な話をしているような…

んでもって ツボはなんといってもこの「やってみれ」です
いいひびきだなあ 今月の標語に頂き(^▽^)

投稿: みかるー | 2005.02.02 20:44

みかるー さん、ども

何もしなかったとしても、時間は過ぎていき、チャンスはどんどん失われていくわけで、元になんて元々戻れないんですよ。

だから、元に戻れなかったら・・・というのは、別のことをしていたら、どうなっていたか、ということと等価で、もし、れば、という話なんです。

あと、やってみれ、というのは、何も考えずに「やってみれ」ではなくて、ちゃんと考えてやってみれ、なんで(笑

考えてばかりいて、先へ進めないことが多くないか?、それくらいなら、まずは出来る範囲、分かる範囲で進んでみれば、次にどう進めばいいかも分かってくるよ、ということですね (^^)

投稿: Tiger | 2005.02.05 20:40

みかるーさんがいらっしゃった(^^)
わかる範囲ですすんでみてやっぱり
ここに戻ってきたり。。。

やってみろじゃなくて
やってみれっていうのがいいんだなぁ~

投稿: ゆうな | 2005.02.15 22:16

ゆうな さん、ども

「やってみれ」、なんか人気ですね (^^)

結局、やっぱり戻ってきたとしても、歩んだ道程はしっかりと糧になっている・・と思うんです。

遠足に行ったと思えばいいんです。いろんな楽しい思い出、後で思い出すのも恥ずかしい失敗、でも、それが全部詰まっているのが遠足で、行かなかったら絶対に得られていない貴重な経験なわけです。

それを繰り返すうちに、遠足が修学旅行になり、いつの間にか、人生という旅路を歩き続けていることに気が付くものなんでは・・・ (^^;

投稿: Tiger | 2005.02.16 14:48

Tigerさん、遠足と言う温かいことばいいですね。暗闇で光を求めて、なんていう言い方じゃなくって、「遠足行って見れ」

本を読んだり人の話し聞くのもいいけど、外に飛び出してみれ。自分の体で確かめてみれ。たまにはけがしてみれ(^^)

お子様のインフルエンザ、お大事に。

投稿: ゆうな | 2005.02.17 00:10

ゆうな さん、ども

ありがとうございます。
もうすっかり娘のインフルエンザは治りました。保育園での流行も収まってきたようです。

わがままやんちゃ甘え姫になっています A^^;

投稿: Tiger | 2005.02.17 08:41

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