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2006.04.10

ため息が出ちゃう

ちょっと前の記事からですが、著作権法で認められた私的複製を真っ向から否定していますね。ある意味、スゴイ。

あまりに著作権者の権利保護に傾くと、著作物を利用する側が離れていくというのは「本末転倒」とは云わないのでしょうか?著作物って、誰のためにあるのでしょうか?

しかし、放送の本筋は録画して見てもらうことが前提ではないので、コピーワンスを葬り去ってコピーフリーにしてしまうと、海賊版の危険性があるからという事情で関係する著作権者たちが減ってしまい、放送の番組の質を落とすことになりかねないのなら、本末転倒であるとしか言いようがない。

[ ITmedia +D LifeStyle:著作権法改正の動きとコピーワンス (2/2) ]

「放送の本筋は録画して見てもらうことが前提ではない」とまで云うのなら、コピーネバーにして、それこそ、演劇や映画のように、決まった場所でしか見られないようにすればいいでしょう。

ただ良いものを作っていれば買って貰える、そんなことで生きながらえられるのは、今や、わずかなトップランナーだけでしょう。しかし、トップランナーは、それすらもプロダクトアウトだと自戒する時代ではないでしょうか。

こんなことを云っていると CD の二の舞ですよ。というか、大橋巨泉氏にテレビつまんないとか、すでに云われているし A^^;;

録画しても見たいものを作ってなんぼでしょう。放送で見ていても、DVD になったら、買いたい、そういう番組を作れないのなら、そんな著作権者たちがいなくなっても誰も困らない・・・いや、ギョーカイの人は困るかも知れないけれど、ギョーカイの人が困っても、ボクらは困らないです(笑

インターネット上に、いくらでも放送の代わりになるものがあるのですから。
虎視眈々とその座を狙われているというのに、そんな、やらずぶったくりな態度でいて良いんでしょうか。

海賊版は海賊版できちんと取り締まればいいのです。
その為のJASRACでしょ (^^)

その上で、「始めにコピーワンスありき」みたいなことを云ってないで、どちらも、もっと幸せになれるような、コピーフリーとコピーワンスの間に知恵を絞らないと、利用者の有限かつ貴重な時間を割いて貰えなくなることでしょう。

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コメント

著作権問題がヘンテコに感じるのは、ここに説明があります。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/05053001/001_3/011.htm

    7.自由記載
    1.著作権を天賦人権のように考え、絶対的なものと考える向きが
    一部にはあるが、著作権制度といえども、所詮は他の制度と同様、
    社会の中の一制度であり、他の社会的要請との調和を図る必要がある。

    著作権に限らず、知的財産権一般に言えることであるが、
    新しく人工的に構築された権利であり、社会における他の理念、
    制度等との調和の上に成り立っているという点を忘れてはならない。

    世界的に反著作権の思潮・運動が台頭しつつある現状を鑑みると、
    著作権者が著しい損害を被るような場合
    (ベルヌ条約の言葉を借りれば、正当な利益を不当に害する場合)は
    別として、社会的必要性に応じて権利を制限されることは、
    著作権法がこれからも社会的認知を受けてゆくためには必要なことである。

この観点は非常に妥当だと思うが「著作権が他のどんな権利とのバランスを考える必要があるのか?」
という問題が分からないのが一番の問題のような気がしてきました。

対向する権利が発生する著作権の部分はおそらく著作財産権つまり商業価値の部分で、今のところどうもう制作原価が財産価値となっているようですが、本質的に市場価値で決まるべきだし例えば放送などでは電波などの公共財を利用しているのだから、市場価値が水準(一定値)以下である場合には公共財の不当な利用として商業的価値にペナルティを課すつまりは税金を掛けるといったことも必要じゃないでしょうかね?

もちろんこんなことがうまく行くとは思わないが「権利・権利」というばかりで、市場価値については評価しないからCDの値段が固定したままになったりしているわけで、こんなダブルスタンダードが通用するはずもないですな。

投稿: 酔うぞ | 2006.04.11 23:18

どんな個人的権利も無制限に社会に対して主張することは出来ないのは当たり前のはずです。
また、「著作権」と「知的財産権」の整理もうまくできていないという所があるでしょう。

(日本の)著作権って、基本的人権に近い性質を持っていると感じます。
何らかの登録などの必要もなく、ただ、ポンと生まれ出た瞬間から権利が発生する、ものすごく強力かつ広範囲な権利といえます。それ故に社会の中では、それに見合った制限が必要だと思います。それが保護期間であったり、引用であったり、私的使用などを含む「第五款 著作権の制限」なわけでしょう。

このような強力で広範囲な権利を、一括して、お金で切り売りする様なことを考えるから大変なことになると思います。商業的・経済的な側面が大きくなり、馴染まないのなら、著作権で全てを賄うのではなく、それに見合った力と範囲の法律やルールや技術で律するのが適切なのではないでしょうか。

私が心配しているのは、そんな大なたをぶん回してると、自分で自分の首を撥ねることになるよ、ということですかね(笑

投稿: Tiger | 2006.04.12 09:16

まぁ今日、NHKの受信料の強制徴収・罰則付きの検討に入ったというに記事を書きましたが
基本的には「既得権益を隣でも確保したい」なんですよね。
言うのは勝手ですがねぇ、といったところでしょうか?

投稿: 酔うぞ | 2006.04.12 09:27

結局は、権利の主張には責任が伴う、ということなんで、そのバランスの評価が、内と外で著しくずれていないかが重要でしょう。

投稿: Tiger | 2006.04.12 10:06

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