コメント欄のメールアドレス
もう一つ otsune さんのところから。
[ void GraphicWizardsLair( void ); // コメント投稿のメールアドレス欄は「本当は必要ないがズボラな人を避けるためにあえて記入してもらっている」という選択肢だってあってもいい ]「通常はメールアドレスは公開」とも言えるんじゃないのかな?
全体としての主旨には異存はないですが「「通常はメールアドレスは公開」とも言えるんじゃないのかな?」が「公開されているから流出とかは関係ない」ということなら、それは法律的にはちょっと違う話になってくる場合も考慮した方が良い気がします。
特定のサイトにアクセスしていた人の一覧というデータになると、それはそれで変な付加価値が発生してきたりしますし(笑
メールアドレスには、抑止力や対象者を絞る一定の力があり、それは元記事の「もしもコメント投稿にメールアドレスが必須だったら - えむもじら」で指摘されているようなマイナスの効果があることも確かですが、プラスの効果もまたあるのは間違いないところですね。
コレを追求すれば、実名論争と同じモノに至るでしょう。どっちがイイ悪いはここでは別として。
まあ、必要のない情報は収集しないというのは、何でもかんでも溜め込まないという意味でも、意識した方がよいとは思います。抑止力としてのメリットと管理責任のデメリットをよく検討しないと、トラブル回避効果を見誤るでしょうけれど。
ちなみにうちのコメントはメールアドレス必須ですが、そこに別の何かを入れても問題なく通っちゃいます(笑
しかも公開ですから、正直に入れると spam が行ったりすることがあるかもしれません。
なので、別の何かを入れたとしても、それだけで何かの判断をすることはあまりありません。
しかし、入れておくことで、逆に新しい繋がりが発生することもあるかも知れません。
その可能性を活かすも塞ぐも、コメントする人が自分の責任で決めてください、というスタンスです。
追記
プライバシーというのは、自分についての情報を、自分でコントロールする権利であって、流通させないというのは一つの側面でしかありません。流通させたいと願うのであれば、それを適えるのもプライバシーのもう一つのあり方だと思っています。
個人情報についてもマイナス面ばかりが大きく取り上げられ、取得や管理について厳しい意見が増えていますが、確かにずぼらすぎる、もしくは悪用を前提としたものはダメですが、そうではない、新しい繋がりや発展・活用を意識しての運用も、ちゃんとバランスを取って考えないと、やらずぶったくりの著作権みたいな話と変わりが無くなってしまうと思っています。
人が社会と関わるとき、何もさらさずに多くを得るというスタンスが当たり前になることはすごく危険だと思います。
過激な云い方をすれば、タダで、なんでも、ギブミー、ギブミーって、それ、人としてなんか間違ってないかと思うし、そんなに世の中、甘くもないと思うのです。
そういう人は、何かあったら、親にも叩かれたことことないのに!とか言い出しそうで、ブライトさん、大変ですねとか、思ってしまいます(笑
人と会うときは、まず自分から名乗ることから礼儀でしょう。
人に挨拶するときは自分から挨拶するモノです。
人に愛されたいと思ったら、自分から愛することです。
だいぶん、メールアドレスとは話が逸れましたが、それをどう自分が扱うかで、相手から、周りからの扱われ方も変わるという可能性を十分意識していきたいモノです。
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